よい子の童話【9万枚のチョキ】
あるところに、国がありました。
この国の人たちは「じゃんけんゲーム」を挑んでくるモンスターと毎日戦っていました。
皆それぞれグ―・チョキ・パーのカードを持っています。
グーのモンスターにはパーを使ってこうげきすれば倒せる、パーのモンスターにはチョキを、といったゲームでした。
そんな人たちの中に、クマぞうという少年がおりました。
クマぞうはグーを5枚、チョキを9万枚持っていましたが、パーを1枚も持っていませんでした。
この国ではたとえ赤ちゃんでも少なくても全部のカードを1枚ずつ持っているというのが当たり前でした。
パーが1枚あればやっつけられるモンスターにも勝てないクマぞうを、友達はいつも笑いものにし、大人は呆れました。
チョキを使えば勝てるモンスターは他の友達がやっつけることも多く、クマぞうは
「僕はなぜみんなができる当たり前のことができないんだろう」と悩みました。
クマぞうは普通の子ではありませんでした。他の人ができることが自分にはできないという事は、クマぞうを苦しめました。
ある時、とても大きくて強いモンスターが国を襲いました。
大人が大勢戦いをいどみましたが、モンスターには勝てませんでした。
大人でも勝てないモンスターに、クマぞうの友達も次々とやられていきました。
やがて大きなモンスターは舌なめずりをしながら「とうとうお前ひとりだ」と、クマぞうの前に立ちました。クマぞうは勝てるわけがないとぶるぶる震えていました。
ところがモンスターがげんこつ1個分ほどまで近くに寄ると、びっくりした顔をしてクマぞうにこう話しました。
「おれさまを倒すにはチョキのカードが1万枚も必要なのだ。この国にはたくさんチョキを持っているやつはいなかった。」
「お前はなぜチョキを9万枚も持っているんだ?こんなすごい奴に、おれさまはとてもかなわない。もはや逃げるしかないのだ。」
そう言うとモンスターはクマぞうを襲わずに、国を出てどこかに行ってしまいました。
クマぞうは驚きました。チョキを9万枚持っていることをすごいと言われたのは生まれて初めてだったのです。クマぞうはみんなチョキをたくさん持っているのが当たり前だとずっと思っていたのでした。
でもちがいました。実は友達はみんなグー・チョキ・パーを5枚ずつ持っているだけでした。1番つよい大人たちのリーダーも、持っているのは100枚ずつだったのです。
クマぞうは普通の子ではありませんでした。他の人にできることが自分にはできないけれど、それは悪いことじゃないのです。
みんなそれぞれに、自分だけの「普通」がある。たったそれだけのことでした。
そう思うとクマぞうは嬉しい気持ちになりました。
やがて国の人たちが目をさましクマぞうがモンスターを追い払ったことを知ると、皆クマぞうにありがとうといい、クマぞうを笑ったことを謝り、こう言ってクマぞうを称えました。
「ありがとう、君は天才だ」
【おしまい】